閣僚歓迎レセプション 開会の辞

平成7年11月16日
副総理(兼)通商産業大臣
橋本龍太郎


 長時間の議論お疲れさまでした。 皆様との活発かつ建設的な議論の後の心地よい疲労感が身を包んでいます。 議論は明日も続きますが、今夜はリラックスして楽しい歓談の一時を過ごしていただければと思います。

 皆様を大阪にお招きして、こうしてAPEC閣僚会議が開催できたことを心から嬉しく思います。 日本国民を代表して、あらためてここに歓迎の意を表します。 また、本会議の準備のために、なみなみならぬご尽力を頂いた地元の方々にも深く感謝申し上げたいと思います。

 ここ大阪の位置する関西地区、とりわけ隣接する神戸を中心とした一体は、今年1月に大震災に見舞われ、大きな被害を受けました。 この大阪も相当の被害を受けましたが、神戸をはじめ被災地域は徐々に復興しつつあります。 これもひとえにAPECメンバーから寄せられた物心両面に亘る温かいご支援のお蔭です。 この場を借りまして、改めて心からお礼申し上げます。

 ところで、日本は明治以降、あらゆる点で東京への一極集中が進んできました。 国際的な会議の開催においてもそれは当てはまり、日本がホストになった過去3回の先進国首脳会議はいずれも東京で開催されました。 東京以外の本格的な国際会議の開催はここ大阪においてが初めてです。 当地は進取と独立の気風が息づいているところです。 そして、大阪は1500年前からアジアに向かっての貿易の窓でした。 今から四百年前、大阪の堺という街は自由貿易地域として、世界を相手に貿易を行ない、巨額の富を築きました。 今日でもその気質は脈々と受け継がれており、ここ関西ではフロンティア精神あふれる数多くの企業が活躍しております。
 その意味で今年、APECを”ヴィジョンの段階”から”行動への段階”へと新たな一歩を印す閣僚会議、首脳会議を開催するに当たり、このような歴史を有する大阪を開催地に選んだことは、誠に相応しい選択であったと申せましょう。

 APECは今年で7回目の閣僚会議、3回目の非公式首脳会議を迎えます。 日本は、当初からAPECの熱心な提唱者の一つであった訳ですが、その私どもですら、7年前には、今日のようなAPEC地域の隆盛、APEC会議の重要性の増大を想像するのは難しいことでした。

 私どもは、本日、こうしたアジア太平洋地域の歩みを2010年、2020年に向けたいっそうの飛躍につなげるための「行動指針」について議論し、我々の首脳への提案を作ることができました。 更に明日は、APECの未来に向けて、機構問題や第8回会議への準備といった重要な問題について話し合うことになっています。 こうした我々の歩みは、太平洋を「21世紀の豊饒の海」へ変えていく努力の第一歩であります。
 明日の閣僚会議、19日の首脳会議が一層の成功を納め、更に21世紀に向けてAPEC地域が更なる発展を遂げていくことを祈り、また、閣僚会議議長といたしまして、そのために日本は可能な限りの貢献をしていく覚悟であることを申し上げて、私のご挨拶といたします。

 ありがとうございました。




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